私のファミリーヒストリー

先日、私の父方の祖父の50回忌がありました。

私が生まれる数年前に亡くなった祖父には会ったことはありません。


父や父の兄弟たちももう70代~80代。

全国各地に散らばっている兄弟全員で集まれるのも最後だろうということで、

伯父たちが協力して、祖父の人生記をファミリーヒストリーとして一冊の本に編纂したそうです。

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それがもう、凄いの一言。

父の兄弟たちはみんな仕事柄この手の文書作りは専門分野。NHKも真っ青(と私は思う)の一級資料に仕上がってました。


昔の写真や資料、戸籍、戦時名簿、郷土史や地元の大学蔵書、国会図書館も使ったんでしょうね、参考文献の数が尋常じゃありませんでした。よくこれだけのものが集められたなと素直に驚愕。



私の知らない祖父。


私の全然知らなかった家族史。


聞いたことのない話たくさん載っていました。

家系図も江戸期まで遡ったものは初めて見ました。

全100頁あまりの歴史資料ですわ。

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特に太平洋戦争末期、

帝国陸軍憲兵中佐だった祖父は家族とともに満州に赴任しており、

ソ連の南下侵攻から間一髪で逃れ、責任ある立場だった祖父を残して、一家は筆舌に尽くしがたい苦難を経て命からがら舞鶴港へ引き揚げてきました。

その時、父はまだ生後8か月の赤ん坊でした。

死なずに生きて帰れたのは奇跡としか言いようがありません。

当時引き揚げ中の日本人たちが、どれだけ過酷な目に遭ったのかは歴史からは葬り去られ、当事者の寿命とともに消えようとしています。


でも、父たち一家の本当の苦難はそれからでした。

無一文で外地から引き揚げ、空襲で帰れる生家も全て失い、また憲兵隊長だった祖父は命は助かったものの自動的にBC級戦犯とされ、あらゆる公職から追放されてしまいました。

公務員はもちろん、民間会社の役職にも当然就けず、当時の情勢から雇ってくれるまともな会社などもなく、『つまり、「一家で死ね。」というに等しい過酷な処分であった。』と伯父は回想しています。


幼子も抱え、家も失い、まともな仕事にも就けず、家族を養うためにプライドも全部捨てて日雇い仕事で苦労を重ねたそうです。

そんな中でも寸暇を惜しんで勉学に励み、昭和27年対日講和条約の批准でようやく公職追放が終わるとともに国家資格を取得し、徐々に生活は安定したそうです。当時小中学生だった伯父たちは「父は深夜まで働き、仕事が途切れた日も正座して法律の難しい本を読んでいたので、僕たち兄弟は腫れ物に触るような気持ちで静かにしていた。」と回想しています。


何というかもう、胸に迫るものがありました。

戦後のプロパガンダで帝国陸軍=極悪非道、「戦犯」はみな悪であると貼られたレッテル、無視され消された敗戦後大陸から引き揚げる日本人が受けた仕打ち、敗戦国の受けた理不尽さに、伯父たちの静かな憤りを感じました。


私が父から直接聞いた父の子供時代の話は、貧乏で、いつもお腹を空かせていて、あばら家の雪の積もった縁側にミカン箱を逆さにした机で勉強していたというような話でした。立派な軍装で馬に跨った祖父の写真と、戦後の貧乏暮しの意味は全く理解していませんでしたし、祖父母の出身地は広島なのに、なぜ戦後京都の片田舎で暮らしていたのかも知らなかったし、父も今まで語ることはありませんでした。

何かこう、私の中で点が繋がって線になった感じ。


ともあれ、まさかこのような分厚いファミリーヒストリーを知ることができるとは夢にも思っていませんでした。大切な家族史として子供たちにも、その次の世代にも受け継いでもらいたいと思います。



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これはすごいわ~

叔父さん、お父さん達、すごい記念になるものをまたストイックに製作したな~!
すごいわ~
関係のない第3者が読んでも読みごたえありそう~
この戦中、戦後の話って聞くとそれぞれに命からがら逃げて生き延びてきたストーリーがあるよな…私も最近ひめゆりの塔を読み直して凄まじさに驚いてたところよ。
夫のおじいちゃんも戦犯だったからその間は宮司をしてたらしいよ。戦犯でも神職にはなれたらしいわ。
しかし、息子達がこうして父親の記念誌を作るのは素晴らしいけど、夫の父は自分で作って子供、孫、親戚に配りまくって迷惑がられてたわ(^_^;)うちには5冊もある…
えらい違いで父が可哀想になったわ(笑)

ひろみ殿、

お舅さんカワイイな✨自分で作ったのか~
自分史を作れるのは元気で長生き出来てる証拠やで(*´∀`)
本人が書くのが一番良くわかるしなぁ✨
祖父は早くに亡くなって、もう50年も経つから
客観的な資料を沢山集めて推測するしかない部分があったと思う。
戦犯でも神職に就けたんやね。
いやホンマ私全然知らんかったんよ(^o^;)
父の子供の頃の極貧話も、あの当時って皆そんな感じだったんちゃうん?としか思ってなくて(^o^;)
こんなん作ってくれて色々知れてほんま良かったわ(^^)

そにうち私らも自分史書きたくなるんかな?
って、書いて面白いような波瀾万丈な人生でもなかった(^o^;)
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